北海道 釣り好きお父さんの日常

北海道在住の30代♂。2020年1月に、父になった釣り好き男の備忘録です。

私の身に起こった事件、そしてせがれ誕生

2020年1月16日。体の異変に気がついた。

階段を登っただけで、体が動かなくなるほど息が切れるのだ。

そして、咳が止まらない。微熱もある。

 

まだまだ、コロナウィルスが蔓延していくなんて夢にも思っていない。

最初は、風邪かと思った。

 

近所の耳鼻咽喉科に行ったら、インフルエンザの検査を受けさせられ陰性と診断。

つまり、普通の風邪だといわれ、咳止めの吸入を受けたのち、解熱剤、咳止め、抗生剤を処方され家に帰った。

 

しかし、次の日も、次の次の日も一向に容態は好転しない。

妻の父が呼吸器外科の医師ということもあり、相談すると

「明日の朝、すぐに来なさい」と診てもらえることに。

 

次の朝、造影剤CTをとった結果、肺付近の大静脈が太くなっていることがわかった。

病名は「肺静脈血栓症」。

別名「エコノミー症候群」だ。

 

正直なところ、CTを取ったあたりから意識が断片的になっていた。

気がついたらナースステーションと集中治療室の隣の部屋(重篤患者が優先的に入れられる部屋)で寝ていた。

 

医師の説明では、かなり危ない状態で足に大きな血栓があり、それが肺付近に溜まっている。それが心臓へ流れたら死に直結するという。

 

全身にいろいろな装置が付けられ監視状態は3日ほど続いた。

「あと二日遅ければ、突然死だった」とは担当医の話。

恐ろしい。

 

血栓を柔らかくする薬を飲みながら、血栓が動くと心臓への血管が詰まるので極力振動は与えるな=歩くな。動くな。ただ寝てろ。との指示。それはそれで辛い。

 

そして、入院1週間後に妻破水&出産。

あれほど、立ち会い出産を希望していたのに面目ない。

そして妻に申し訳ない。

 

「母子ともに無事だったよ」と数人の医師と看護師を連れて義理父が見にきてくれた。連れてきた医師と看護師がクスクスと笑っている。。。ありがたく、そしてちょっぴり苦い思い出だ。

 

 そんなことで、1ヶ月の入院を経てさらに1ヶ月の自宅療養。そして復職。

とても濃い2ヶ月だった。私にとっては初めて「死」を濃厚に感じ・考えられる時だったし、大きく考え方が変わる出来事だった。

 

シンプルに「健康あっての人生。死んだらおしまい。やりたくないことは後回し。」

長い月日をかけて、いい経験だったと言える出来事にしていきたい。

 

ちなみに、原因は釣り&登山で狭い場所(寝返りできない場所)での寝泊り。

釣りと登山をする→汗かく→水は重くてあまり持っていかないので、脱水で血液が濃くなる→固まりやすく、つまりやすい血液が流れる→長時間、動かないまま寝る→血管圧迫→血栓の完成!!

 

3.11震災のとき、家を失い、車中泊や避難所生活をしていた人のうち、結構な確率で血栓が原因で突然死した方が出たらしい。

 

兆候は、起きたとき歩けないほど足がパンパンにむくむこと。

注意されたし。